運命に導かれるように母親の病気の治療に携わる仕事に就きました
臨床工学技士(ME)は、医師の指示のもと生命維持管理装置の操作や、保守点検を行う仕事です。医用工学の発展に伴い、様々な医療機器が使用されるようになり、医療機器を専門に扱う技術者として1987年に国家資格化が成立しました。私が臨床工学技士になったのは、まさに運命の導きと言えます。
母親が透析を受けていたため、私は漠然と医療系の仕事に就きたいと考えていました。薬剤師は薬学部の難易度が高すぎて諦め、次に検査技師や放射線技師になることを思いついたものの、高校の先生に「それは就職先が少ない」と考え直すように言われてしまいました。比較的新しい資格である臨床工学技士も国家資格であることを知り、専門学校に入学しました。実はその時点では、臨床工学技士が人工透析をする仕事だとは知らず、なんと勉強を開始して初めて母親の病気に関係していることが分かったのです。
この仕事には「人を助ける喜び」と「人生に関わる責任」の二つの局面がある
専門学校卒業後、東京女子医大の救命センターに配属され、人工透析や人工心肺、心臓のカテーテル業務、ME機器管理などの業務を担当していました。さまざまな方が救急車で運ばれてきましたが、若い人や助けられそうだったのに助けることができなかった方のことは今でも覚えています。先輩方には「あまり気持ちを引きずらない方がいい」と言われましたが、簡単に心を切り替えることは難しいことでした。
多くの人を助けたいとの思いから、その後もたくさんの経験を積みました。若いころは人を助ける仕事に喜びを感じて夜勤も苦になりませんでしたが、経験を重ね続けることで、他人の人生に関わることの責任が重く感じるようになりました。「一度重責から解き放たれてリラックスして仕事をしたい」という気持ちが大きくなり、2009年に妻の実家がある銚子市に転居しました。
患者様が生活を続けるための医療がここにある
神栖済生会病院は、救命センターのような緊迫した状況はなく、患者さんが生活を続けるために必要な人工透析を行っています。2016年に心臓カテーテル室が設置されたのを契機に私の経験が認められて係長に昇給しました。これまでの勤務先では、医師や看護師は臨床工学技士よりも上の存在という雰囲気があり、話すこともままなりませんでしたが、神栖済生会病院では職種に関係なくコミュニケーションが取れていることにとても驚きました。臨床工学技士としての私の意見も聞いてくれますし、仕事に信頼を寄せてくれるのがとても嬉しかったです。直属の上長も気さくで趣味も同じなので、とても話しやすいです。
仕事だけでなく、自分の人生も大切にできる職場です
神栖済生会病院では、患者さんが地域で暮らしていくために必要な医療を行っています。私は当院での仕事を通して、人が生きていくために提供し続けなくてはならない医療があることを理解しました。救命センターでの勤務も経験していますし、「透析認定士」や、「呼吸療法認定士」なども取得しているので、新しく入職された方にもお伝えできることはたくさんあると思います。新卒の方はもちろん、現状とは異なる環境に身を移したい方、新しい仕事にチャレンジしたい方も歓迎いたします。自分の人生を大切にできる職場で一緒に働きませんか。